私が「内向型を直さず活かす」を叶えるまで【Story1】

私が「内向型を直さず活かす」を叶えるまで

 

私は20年間、自分のことが嫌いでした。

  • 周りの目が気になって自分の意見が言えない
  • 口下手でうまく伝えられない
  • 何をするにも時間がかかる
  • 人見知りで、相手と距離を取ってしまう
  • 外出が続くとすぐに疲れてしまう

人と比べては、自分の欠点ばかりを見つけていました。

 

まさに、コンプレックスの塊。

 

学生時代は、友人関係に悩んで人間不信になったことも。

社会人になってからは、働き方に悩んで転職を繰り返しました。

 

私が「内向型」という言葉を初めて知ったのは、2016年の終わり。

当時も自分に自信がなく仕事で悩んでいたとき、たまたま見つけたブログで、『内向型を強みにする』という本が紹介されていました。

 

 

「私の取扱説明書みたい…!」

 

内向型の特徴の多くが、驚くほど自分に当てはまりました。

内向性は生まれ持ったものだと知り、ものすごくほっとしたのを、今でもよく覚えています。

 

それから約2年。

内向型の自分を受け入れ、”直さず活かす”と決意するまで、たくさん迷いました。

でも少しずつ考え方を変えていくうちに、働き方・人間関係・環境も徐々に変わっていきました。

 

今は、主人とふたりで大好きな自宅で仕事をしています。

東京を出て、大好きな街・福岡に移住しました。

 

すぐにうまくいったわけではありませんが、試行錯誤の積み重ねのおかげで、”自分らしい生き方”ができていると思います。

 

今の私になるまでの20年間を、連載コラムにしてお話します。

みなさんが「内向型を直さず活かす」を叶えるヒントになれば嬉しいです。

 


 

私の性格を変えた出来事

子どもの頃、私の性格を一変する出来事がありました。

 

それまでは、どちらかというと気が強くてわがまま。自分で友達を集めて外で遊び回るタイプでした。

自分の思い通りにならないとすぐに不機嫌になって、親を困らせるほど。

友達や先生に恵まれて、楽しい毎日を送っていました。

 

その後、転校を機に環境が変わり、人間関係もリセット。

 

 

仲良しだった子からいじめられたのは、小学校6年生と中学2年生のときでした。

今思い返せば、いじめられる理由なんて特になかったんですよね。たまたま標的が私になったというだけで。

でも、当時の私たちにとって、学校が自分の世界のすべて。

みんなの前で悪口を言われたり、あからさまに無視されるのがすごくすごく辛かったです。

全員が私を見て私の悪口を言ってるような気がして、廊下を歩くときはいつも下を向いていました。

 

それからです。周りの顔色を伺うようになったのは。

  • 嫌われたくない
  • 目立ちたくない
  • 孤独になりたくない

 

「自分の意見を言わない方が幸せ」

「周りに合わせよう」

自分を守るために、自分を押し殺すようになりました。

 

 

友だちに言われたショックな言葉

 

いじめを受けたトラウマから、「自分の意見を言わない方が幸せだ」「周りに合わせて生きていこう」と思うようになった私。

 

高校生の私の印象はきっと、内気で人見知りで真面目。

ギャルになることもなく(笑)真面目に勉強してバイトしていました。

 

それでも人に恵まれて、友達もできて、穏やかで楽しい3年間でした。

放課後に体育祭の応援の練習をしたり、文化祭の打ち上げでクラスみんなでお好み焼き屋さんに行ったりもしました。

流行りのペンケースはお揃いにして、友情を確かめ合うようにプリクラを取って。みんなが笑ってたら私も笑って。

波風立たないように、目立たないようにして”うまく”やっていました。

 

当時の友達はみんないい子で、人間関係の悩みはなかったのですが、私はいつも、必死に周りを見ていた気がします。

 

 

 

総じて高校3年間は楽しかったのですが、ある日友達に言われた言葉は、今でも忘れられません。

ファーストフード店で、中学生のときからの友達に、「ゆかりは何を考えているか全然分からない」と言われたんです。

何でそうなったのかは覚えていないのですが、確かわざわざ呼び出されて、本気のトーンで怒られました。

 

高校はバラバラだったけど仲は続いていて、私の中では、かなり心を開いていたと思っていた子。

正面からはっきりそう言われて、本当にショックでした。

 

自分の意見を言わず、周りに合わせて生きようと誓った10代。

八方美人になっても傷つくんだと、思い知らされました。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です